日本のすべての水族館が閉まった日(コロナ禍と水族館経営)




世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスに、日本の「水族館」も大きな影響を受けている。

今回は、コロナ禍での水族館経営への影響や示唆をご紹介したい。

この日、すべての水族館が休館となった

一連の中で、最も象徴的だったできごとは、全国の水族館が休館をしたことだろう。

令和2年2月下旬あたりから、新型コロナウイルス感染症の拡大防止の観点から水族館が休館を始めていたが、施設の特性などからこれが数ヶ月単位で長期化しそうであったこと、経営的に大きな影響があることを見込み、全国の水族館の休館状況を継続的にウォッチしてきた。

水族館の対応は地域ごと・施設ごとに多様で、休館の判断や期間には独自性が見られたが、そうした状況下で私が密かに注目していたXデーが本日「4月25日」だった。

各水族館の休館状況を気にする人は多かったが、各施設の休館の開始と終わりに注目すると少し違った見え方がしてくる。

この各水族館の休館発表の開始日と終了日を一つずつ積み上げて並べると、一番遅い休館が4月25日、一番早い再開予定が4月30日で、「4月25日」から29日までの少なくても5日間は全ての(詳細は後述)水族館が休館している日になる。

(4/28加筆:さらに延長があり、全ての水族館が休館となった期間は5/6までの12日間に)

※全国の休館状況は以下のページを参考にされたい。

【6/28更新】新型コロナウイルスへの対応に関する水族館の休館情報まとめ

2020年6月28日

このXデーは、串本海中公園センター(和歌山県)が開館を継続していたことや、あわしまマリンパーク(静岡県)の営業再開などによって回避される見込みだったが、前日の4/24になって一気に状況が一転。

本日4/25に、日本の全ての水族館が停止する、という1882年の「うをのぞき」以来の水族館の歴史で初めて、、、かどうかは分からないが、とにかく水族館の歴史を振り返っても稀な極めて異例の状況を迎えたのである。

水族館経営への影響

水族館の収支はいわゆる「装置産業」的な性格を有しており、営業・利用者の数に関わらず、大きな固定費がかかる。

特に一般のイメージとは違って、水族館の経費で最も重たいのは動物の餌や管理ではなく人件費であり、日本の労働関係法では正社員の柔軟な解雇を許容していないので、アメリカの水族館ように大量レイオフの話題も出ず、基本的に雇用が維持されている(これは制度の違いであって、どちらも一長一短ある)。

もちろん、飼育に伴う経費も減ることはない。

収入だけが途絶える厳しさ

そのため、収入は止まるのに固定費は出続ける形となり、休館による経営上のインパクトは大きい。

また、日本の水族館の多くは会計上の収支が出資者に与える影響は限定的であるため(会計赤字が直ちに問題だったら日本の動物園・水族館はとっくに破綻が続出している)、とりわけキャッシュフローの維持が問題となる。

民営でも、水族館事業が収支の柱となっていて別の収入源が無いような場合には会社全体への影響は大きいだろう。

もう少し解像度を高めて言えば、特に利用料金制で収支リスクを負っているような指定管理者は被害が直撃する。

運営面では制約を受けつつ、リスクは丸被りする、という指定管理制度はやはり様々な面で改善すべき点があることが改めて浮き彫りになったとも理解できる。

休館は重大な経営判断

全国の水族館では、行政からの休業要請に先立って休館を決定した水族館も多い。

その意味では、収入を確保することよりも、飼育を維持するための飼育員の感染リスク防止や利用者の感染防止という社会的責任を優先した、という点で大いに称賛に値する経営判断であったと解釈できる。

一方で、実態としてはすでに利用者は激減していたこともあり、純粋な収支面での判断や経営リスク(水族館のクラスター化によるブランド毀損など)を避ける意味もあったわけで、適切な感染防止対策を行なっている場合において、休館期間が短いことや休館していないことを責めるのは筋違いであろう。

休館による影響額の試算

では、水族館業界全体で実際にはどれくらいの影響があったのだろうか?

世の中にはまだ試算は出ていないと思われるため、まだまだ影響は現在進行形であるが、現時点での大まかな試算をご紹介したい。

私が調査対象とした148の水族館のうち、最終的に休館状況を継続して追っている117の水族館を基礎に試算をした(なお、日本の水族館が全てが停止したのは、この117施設のことを指す)。
※「水族館」の定義は難しく、規模や生物の数・種類などでの形式的な区別はされていない。この数も論者によって様々であろうし、何が「正しい」という答えもない。

試算の概要

水族館の財務情報は明瞭な公開情報が少なく、推計に推計を重ねた荒いもの(そもそも機会損失なので理論値にしかならない)であるが、試算の方法について概要だけ簡単にご紹介したい。

まず試算に必要な来館者数や財務統計が一定存在する40施設を絞り込み、できるだけ直近のデータを基に、1日あたりの来館者数及び客単価を算出した。

各施設の休館日数(予定期間を含む・無期限は保守的にGW明けに再開と仮定)はそれぞれ全て記録してあるので、これを上述の来館者数・客単価と掛け算をして、予定している休館期間中の影響金額を施設ごとに算出した。

もっと簡単に言えば、例えば「4月に20日間休館した○○水族館では、昨年の4月に△△人のお客さんが来ていて、年間の平均客単価は□□円だから、△△×20/30×□□=?」を施設ごとに計算したものだ。
※客単価が時期によって異なる可能性は大いにあるが、公開情報からは導けないため、年平均を用いた。春休みやGWも挟むため、夏休みなどを含む年平均から極端な変動は無いと想定。

日本の水族館は100億円の収入を失った

これによれば、来館者数と客単価が明らかな40施設で47〜51億円程度の影響と推測された。

また、来館者数だけ分かっている25施設についても(財務内容非開示のため、民営の大型水族館が多い)、40施設の客単価の算出方法に準ずると、こちらもほぼ50億円

さらに、残りの52施設は小規模が中心なので、便宜的に多めの10万人(来館者数が判明している水族館の下位10施設の平均くらい)としても、ざっくり1.5億円

つまり一連の休館によって、日本の水族館全体で、現在確定している範囲だけでも約100億円の収入が消滅したことになる。
※客単価の高い水族館の影響を受けて、全体の客単価は大きく出ているが、実際の平均客単価はもっと小さい。

海外との構造の違い

さらに、これに加えて削れない固定費を支出しているため、水族館の負担感はもっと厳しいはずだ(これは収入と違って各水族館で正確に把握できているはず)。

試算では、1億円を超える影響を受けている水族館だけでも20施設程度におよんでいる見込まれるが、今のところ日本では海外のような水族館の財政危機を伝える報道は出ていない。

日本と海外では制度や収支の構造が異なっており、海外のようにNPOが自主財源で運営するような水族館などはなく、公設の水族館であれば予算さえ通れば破綻にまで陥ることは無いとは言えないが稀であろう。

しかし、海外の事例もメディアの描き方に依る部分が大きいと思われるし、寄付を求めるのも日常での利用者とのリレーションの違いであって、危機の度合いが日本と海外とで極端に差があるとは考えにくい(もちろん、税金の用途の違いも背景にあるだろう)。

また、各都道府県の休業要請リストの多くで、水族館は博物館とは異なるカテゴリーとなっていたことも注目すべき点だ。法的な区分の問題はあるにせよ、水族館の位置付けを明らかにする一つの示唆であったと解される。

休館は純粋な機会損失だったか

では、水族館はこの休館期間を単に機会損失としてしまったのだろうか?

日々の忙しさから新しい企画を考えたり、仕組みを作ったりする時間がない水族館にとって、休館はある意味で絶好の機会でもあったはずである。

この点、誰もが観測できる形での動きは、SNSなどを活用した映像の展開であった。

生き物たちのファンにとって、休館中にその姿を見られない不安を解消するため、各施設が様々な工夫を凝らして、生き物たちの可愛い姿や元気な姿を盛んに発信していたことは、明るい話題の少ないこの時期に人々を勇気づけた点で水族館の一つの役割の発揮であったとまずは評価すべきであろう。

将来に繋げる情報発信

しかしながら、普段は見られないバックヤードの様子や、クイズ形式で知識を身に付けられる映像などもあったものの、その多くは普段の水族館のイメージの延長であり、大半は生き物の「可愛さ」を伝えることに終始してしまっているようにも思える。多くのメディアがそういった観点でしか取材できないのも問題の一つだろう。

これは、海外の水族館では保全関係のコンテンツや「プロフェッショナル」として水族館を維持するスタッフの役割などが積極的に発信されているのと対照的である。

こうした危機の時にどんなイメージを打ち出せるかは、水族館の長期的な経営戦略にとって重要である。

急に転換できるものではないので着々と企画を進めているかもしれないと期待は高まるが、今のまま営業再開に戻れば、休館期間中は丸ごと失われた2ヶ月になることすら懸念される。

現時点ではたまたま施設内でのパンデミックが起きて飼育継続に疑義が生じるようなことは無く済んでいるが、こうしたリスクにおいて的確に対応できる体制を構築できなければ、危機発生時の飼育継続が危ぶまれ、希少な生き物の保全や研究などで役割を果たす存在としての基盤を揺るがすことにも繋がる恐れすらあるだろう(実際に、海外では選択と集中、飼育種の絞り込みなども議論され始めている)。

ヴァーチャル展示への「転換」は本質的な解決にならない

こうした事態から、今後は災害のリスクに「強い」映像・ヴァーチャルな展示に代わっていくべき、という主張もある。

しかし、災害への対応能力を引き上げることの需要性は確かだが、飼育のリスクを回避するために飼育を放棄せよ、というのは本末転倒だろう。

確かにヴァーチャル展示は、確かに教育的効果や現実の展示では表現できないことを補足する意味で、展示の質を上げる効果は大いにあり、期待もできる

しかし、水族館にとってコアとなる機能の一つは飼育を通じた研究そのものであって、研究の「結果」である映像を展示することを代替策とするのは、手段と目的を履き違えている(もちろん、その研究が十分にできていない、という批判・議論は常になされるべきだ)。

その意味で、水族館にとってヴァーチャル展示に「転換」することは、その領域について実質的に研究機能を放棄することだ。

逆に言えば、飼育が困難であったり、飼育に積極的な意義がない領域は、ヴァーチャルに変えていくという選択肢もあるだろう。

水族館がどんな存在になっていくべきか、という検討次第ではあるが、命ある生物を飼育・展示することの意義を示すためには、意図的に作られた「答え」を提示する映像展示とは違った価値を導くことが一層重要になっていくと考えられる。

水族館を寄付や商品購入で支えることへの課題

さて、ここからは少し切り口を変えて、水族館ファンや地域住民にとって、水族館のために自分には何ができるのか?という点について言及したい。

SNS上でも水族館ファンの有志により、寄付やギフト販売の話題が盛り上がっていた。水族館からの発信に先立ち、ファンから自発的に声が挙がることは喜ばしいことで、大いに盛り上がって欲しい。

私自身も、水族館の収支改善を目指す中で寄付やショップの活用をあらゆる場面で提起しており、強く推奨している。しかし、研究者の立場としてはいくつかの懸念点も提起しておくべきだろう。

水族館での寄付を受ける体制の欠如

まずは、水族館側での寄付を受ける体制の不備が指摘される。

制度面での問題もあるが、寄付の用途に関する情報開示がなければ、決して持続可能なものとはならない(無償の愛を持つ人は少ない)。

むしろ、ここで適切なコミュニケーションが図れないと、もう寄付はしたくない、というネガティブなマインドを育んでしまうことすら懸念される。

現状では、寄付の仕組みが整っている日本の水族館は限られており、「サポーター」の概念が曖昧であったり、サービスの設計もまちまちで課題が多い。

私自身は、水族館のビジネスモデルそのものを変えるべきと言う立場から、普段から寄付の仕組みづくりを提起しており、今回の休館に伴う緊急的な必要性に関わらず、恒常的に寄付を集める仕組みが必要と考える。

日本の水族館で寄付が広まらないのは、ファンの信心が足りない、のではなく、水族館からのコミュニケーションが足りない、と理解すべきだろう。寄付は「集まる」ものではなく、「集める」ものだ。赤い羽根やお賽銭箱のイメージが強い日本では、寄付を集めることへの戦略設計が弱い

今回は詳細には触れないが、寄付を集めるには、水族館のイメージを根本的に変えるリブランディングをしなければならない

今の水族館のイメージのままでは、動物福祉の向上や保全の推進といった、水族館にとって重要な機能を果たすための投資資金を中長期的に集め続けることは難しいと考える。

少額寄付が大切である理由

また、ファンからすれば、普段を知っているので気軽に寄付をしたい、というニーズもあるだろうし、それはそれで特別な情報開示を必要としないルートもあって良いと考える。

海外でも、5ドルとか超少額の寄付を大した情報も無しに受け取る仕組みは一般的だ(少額の寄付にいちいち対応していられない、という見方もできるが、普段のリッチな情報開示に含まれていると理解すべきだろう)。

とは言え、例えば来館者数が100万人を超えるような水族館の毎年の収益は20億円、30億円という単位もざらであって、100万円とか200万円程度のお金が集まっても、正直なところ大きな影響が無い(首都圏で軽くテレビ広告を打つだけで数百万円、数千万円くらいはすぐに消えてしまう)。

しかし、「だから少額の寄付は不要」なのでは無く、むしろ「だからこそ用途の開示が必要」という考え方もできる。

お金には色が着いていないので、全体の予算に溶け込んでしまえば、寄付は交際費や広告費に使われているかもしれない。そのため、用途を明示することで、概念上は特定の目的を持った基金として取り扱うことが寄付者に対して誠意を示すことになる。

さらに、いきなり高額の寄付を行うことは稀であり、ステップアップ論として少額から徐々に関係を深めていくことは、マーケティングの基本だ。今回のようなことをきっかけに、少額の寄付をしてくれるファンとの関係づくりが望まれる。

日本の水族館も、中長期的にはこうしたファンドレイジングの仕組みが必須であり、この休館期間は戦略的な検討をする機会とすべきであろう。

グッズ販売の重要性とリスク

もう一つの手段が、オンラインでのグッズ販売だ。

ギフトショップの運営は専門の業者へ外注しており、そもそもグッズの販売がその水族館を応援することにほとんど繋がらない場合も多いが、収益のチャンスを増やすという意味では期待が高く、とりわけ入館料を引き上げることが難しい公営水族館にとって収益の選択肢が増えることは大切な点だ。

しかし、経営的には寄付よりも慎重な判断が必要だ。

そもそも、グッズ販売は水族館の展示(サービス業)と本質的にアプローチが異なる。

特に、一時的なブームで開発・発注した結果、大量の在庫を抱えて赤字を垂れ流すような事案は世の中にはたくさんあるし、商品販売にかかる体制を整えずに単に戦線を拡大するとリスクを直接に受けることとなってしまう。

そのため、グッズ販売の強化を求める煽りに対して、水族館側で損益を扱わない立場のスタッフがそれに便乗することになると悲劇的である。小売には小売特有のノウハウがあるため、財務やマーケティングに配慮して戦略的に行わなければならないし、ファンとしてもその意味の重たさを理解する気持ちも必要だろう。
※とはいえ、ファンは純粋な応援の気持ちから発信をしているので、基本的には水族館側の経営問題である。まずいのは、こうした経営リスクを伴う難しい事情があるのにファンが「攻撃的」になることで、ファンの立場としては主語を大きくしすぎないように留意すべきであろう。

水族館としてメッセージに一貫性はあるか

さらに、グッズ販売については、より慎重さが必要である。

それは、この手の議論で忘れられがちなサステナビリティの視点だ。

SDGsやESG、CSVなど様々な形で事業の社会性が問われる時代の中で、水族館では環境保全や生物多様性の維持などを実践し、伝える施設である、とメッセージを発しているし、ファンの多くは水族館のそうした側面を支持しているはずだ。

そんな施設が、大量生産・大量消費の文脈に乗り、プラスチックでできたキーホルダーや玩具、包装も多くコスト優先の素材でできたお菓子などを大量に販売する、ということを促進するのは自己矛盾ではないか?という視点は忘れてはならない(ショップで売られるお菓子はラベルだけ貼り替えた汎用商品も多い)。

収益のためにグッズを販売することは重要であるし、マーケティング的には、グッズは継続的に水族館とのリレーションを維持するツールとも理解することができる。

しかしながら、水族館が社会的な存在であることを自負するのであれば、ただ商品をドンドン売れば良いのでは無く、売るものの意味、売ることの意義、についても考慮しなければいけない時代になっていることは認識すべきであろう。
※その意味では、賞味期限を迎えてしまう食品をまとめて販売するのはフードロス防止の文脈で評価できる

まとめ

感染による健康被害はもちろんのことながら、社会的・経済的にも多大な影響を与え、在宅勤務やハンコ文化の撲滅といった些末な変化だけでなく、今後さらにコミュニケーションのあり方を根本から変えるような「非対面」を起点としたパラダイムシフトを多方面に起こしていくだろう。

今後も長期化並びに新たなパンデミックの登場リスクも想定される中で、日本の水族館はどこへ向かうのか、足元では何をすべきなのか、水族館にとってもファンにとっても、様々な示唆のある特別な時に直面している。

日本のすべての水族館が「休館」ではなく「閉館」という事態にならないためにも、今こそ将来を考えて行動すべきときではないだろうか。

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1 個のコメント

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