実数で見るコロナ禍における水族館の利用者数の変化




人類の社会・経済の様々な領域に多大な影響を及ぼした新型コロナウイルスは、日本でも変異株の登場などにより引き続き私たちの生活に影響し続けている。

ここ数年は毎年延べ3,000万人を優に超える利用者を抱えていた日本の「水族館」も例外ではなく大きな影響を受け、2020年4月25日には全国の水族館が休館するという歴史的な日を迎えるに至った。

日本のすべての水族館が閉まった日(コロナ禍と水族館経営)

2020年4月28日

今回は、令和2年度(2020年度)における実際の水族館の利用者数の変化から、新型コロナウイルスによる全国的な水族館への影響について紹介したい。

なお、以下のデータは同一基準で継続的に入手可能なデータのうち、大型リニューアルなどによる異常値の無い45の水族館を対象に、新型コロナウイルス感染症の影響が無い2018年度のデータと2020年度のデータとの比較を基本としている(一部の水族館は2019年度のうちから休館が開始されているため)。

水族館全体での影響

対象水族館45施設における2018年度の利用者数は約3,140万人であったが、2020年度は約1,330万人となり、前々年比42.4%の大幅な減少となった。

※念のための補足として、以下では比較の表記を基本的に「前々年度比」に統一しているが、例えば前々年度比42.4%ということは、前々年度に比べて57.6%減少した、という意味である

記事を執筆している2021年8月15日現在で5回目の緊急事態宣言が発令されているものの、振り返ってみると2020年度は最初期の春先と年始の2回だけ緊急事態宣言が発令された形となるが、それでもまん延防止措置や自粛の呼びかけなどから、水族館を訪れた人は例年の半分以下になった計算となる。

各水族館ではコストをかけて感染防止対策を行なっていたが、人が集まる施設を閉じて人の流れそのものを抑えるという大義の前に休館要請などに従ってきたわけであり、その感染拡大の抑制効果について私自身は評価することはできないが、水族館の判断を尊重したい。

また、新型コロナウイルスの影響が全国で一律で無かったように、水族館の影響も決して一律ではない。

どの水族館も経営的に苦しいことは共通だが、個々の条件によって様々な結果に繋がったことを、以下より紹介していきたい。

個々の水族館ごとの平均

最初のきっかけとして紹介するのは、上記で紹介した水族館全体の影響割合ではなく、個々の水族館の影響割合の平均は前々年度対比で54.1%であったということだ。

水族館全体の利用者数を積み上げた数字は、美ら海水族館(沖縄県)や海遊館(大阪府)、名古屋港水族館(愛知県)のような大型水族館の利用者数に引っ張られてしまう傾向があるため、個々の水族館における影響の平均は少し高く出る。

42.4%と54.1%では大した差はなく、甚大な影響である点では何ら変わらないが、あくまで平均的な視点として「半分にも届かなかった」ではなく「なんとか半分は超えた」という感覚の水準は超えるという点で決して小さくない差がある。

以下でも、全体的な比較に際しては、特に言及のない限りこの個別平均の数字を基本とする。

特に影響の大きかった水族館

大きな影響のあった水族館は、元々の利用者数が多く、人流の抑制が強く求められた都市部・観光需要の大きい水族館が散見される。

代表的な例として、例年絶対王者として来館者数の1位を維持していた美ら海水族館がある。

2018年度には400万人に迫る勢いであった利用者数は60万人程度まで減少し、前々年度対比わずか16.2%で最も減少幅の大きい水族館となった。

しかしそこは絶対王者、それでも4月・11月・12月の月間首位を維持しているのがさすがである。

また、大都市における前々年度対比の落ち幅の大きい例として、大阪の海遊館が22.1%、東京の葛西臨海水族園が24.1%がある。

特に葛西臨海水族園は指定管理制度により公営の色が強いこともあり、対象期間のうち5ヶ月間も利用者数が0人となっていたため、都民、特に多くの子供たちが水生の生物に触れ合う機会が長時間失われていたことは大変残念なことであった。

なお、美ら海水族館と海遊館の大幅な減少により、2020年度に最も多くの利用者を迎えたのは名古屋港水族館となったが、それでも年間で100万人に届かない異常事態であり、改めてコロナ禍における水族館の厳しい経営状況を印象付ける結果となった。

影響が比較的抑えられた水族館

一方で、影響が比較的少なかった水族館の多くは緊急事態宣言などによる強い抑制からは外れていた地域が多く、普段の利用者数が10万人程度の比較的小規模な施設が多い。

主たる利用者層が地元に根ざしており、都市部のように外出そのものが躊躇されるような感覚とは異なったこともあってか、前々年対比で70%を超える水準を維持することができていた。

一番大きな水族館としてはマリンピア日本海(新潟県)を筆頭に、寺泊水族博物館(新潟県)、男鹿水族館(秋田県)など東北・北陸地方の水族館が多く見られたほか、玉野海洋博物館(岡山県)、桂浜水族館(高知県)など中国・四国地方の水族館が並んだ。

また、関東からも富士湧水の里水族館(山梨県)などが挙げられた。

なお、こうした地域別の影響に関する詳細については後述する。

番外編(志摩マリンランドに駆けつけたファンたち)

今回、2018年度にリニューアル休館で利用者数が0人だった時期のある水族館や、2020年度にリニューアルオープンして前々年対比で400%を叩き出したような水族館については例外として比較対象から外している。

しかし、1つだけ必ずしも例外扱いをしなかった水族館が志摩マリンランド(三重県)である。

これを読んでおられる多くの方はご存知のように、志摩マリンランドといえば、2021年3月末をもって惜しまれながら閉館した水族館であるが、コロナ禍でもありながらその最後の姿を見ようと多くのファンが駆けつけた。

その結果として、通年での前々年対比では98.9%とわずかに下回る結果となったが、閉館直前の2月には237%、3月には300%を記録した。

普段から、、という声もあったが、ファンの行動が一つの数字として現れた結果としてここに刻んでおきたい。

月ごとに異なる影響

ここまで2020年度全体の通年での数字を紹介してきたが、緊急事態宣言が期間限定で行われていたことなどを考えると、月ごとの影響を見ていくことも有益であろう。

生物飼育や運営全般を支える収入源の減少

いくつかの傾向が見られるが、まず目を引くのが、我々が新型コロナウイルスと対峙を始めた最初期の4〜5月の利用者数の減少である。

感染対策としての緊急事態宣言が初めて発令され、世の中的にまだまだ全く未知のウイルスに対する恐怖もあった時期だ。

※4月7日から都市部の7都府県を対象に、4月16日からは全国に適用。5月14日以降には徐々に解除されていったが、最終的に全国で解除されたのは5月25日であった

この時はまさに壊滅的な影響で、全国平均での前々年対比は4月には3.5%、5月には4.4%となった。

一部の水族館では部分的な休館によって対応したが、いずれの水族館も前々年対比で20%を超えることはなく、全国の水族館で春休み、ゴールデンウィークの大きな需要期の休館を余儀なくされた。

その後6月以降は前々年対比で50%前後程度まで盛り返したものの、徐々に新型コロナウイルスの実態も明らかになり、基礎疾患者や高年齢者のリスク抑制が強調され、帰省の抑制などもあった夏休み時期には、元々の利用者数が最大である時期であることもあって、50.3%の実績となった。

水族館業界にとって最大の「稼ぎどき」である夏休みの収入が、単純計算で半分となったことによる影響は極めて大きい。

名古屋港水族館が水族館業界で大型のクラウドファンディングを開始したのが7月10日であり、この頃から一部の水族館によっては入館料とは別に寄付の仕組みなどを構築しつつあったが、根本的な収支構造を変えるほどのインパクトにはなっていない。

思ったよりも盛り返していた秋頃

春と夏の甚大な影響によって厳しい経営が続いていた水族館業界だが、数字上は秋頃は相対的に盛り返していた時期と言える。

全国平均での前々年対比の推移を見ると、9月には85%程度、10月には90%程度まで回復し、最も盛り返していた11月にはなんと102.1%と前々年対比を上回る結果となった。

このことは、水族館業界が危機感をもって経営努力した結果でもあるし、ファンや利用者が改めて水族館を求めた結果でもあり、新型コロナウイルスの感染者数も少し落ち着き恐怖感も薄れていた時期であったとも言えるであろう。

その後「第3波」と呼ばれることとなる冬の感染拡大に伴いガクッと前々年対比も下がっていき、再び緊急事態宣言が発令された1月には前々年対比で40%となっている。

また、大きな水族館の影響も踏まえた全体数としては11月でも80%程度であり、水族館を利用する絶対数としては決して元に戻ることの無かった1年であったことは繰り返し指摘をしておきたい。

地域ごとの影響

最後に、地域(ブロック)ごとにどのような影響があったのかを紹介したい。

地域の区切りとしては、北海道、東北・北陸、関東(東京を除く)、東京、東海、近畿、中国四国、九州、沖縄の9つに区分している。

区切り方、内訳についても色々とご意見もあろうかと思うが、今回はサンプル数が極端に小さくならないことを前提としつつ、美ら海水族館が単独でインパクトの大きい沖縄、地理的条件が特殊であることや特に初期対応で注目された北海道、水族館の数も多く利用者の絶対数が大きい東京の3都府県を例外とした。

地域によって異なる影響の大きさ

影響が比較的抑えられた水族館の項目でも前述の通り、地域ごとに見ていった時に前々年対比で70%前後を維持したのは、東北・北陸、中国・四国の2地域、そしてここに東海地域が加わる。

ただし、東海地方については番外として前述した志摩マリンランドの最後の健闘が平均値に影響を与えており(本来は例外処理すべきだったかもしれない)、絶対数を基準とすると、前々年対比で53.1%となり、これは東京を除いた関東地方(栃木、千葉、埼玉、神奈川、山梨)の53.2%とほぼ同じ結果となった。

影響の大きかった東京や近畿は年間平均で40%に届かない結果となり、特に厳しい1年となった地域である。

政策が与えた影響

一方で、前述で触れた11月に前々年対比で100%を超えた地域は5地域に及び、特に東北・北陸地域では10月・11月の2ヶ月、中国・四国地域においては7月・9月・11月の3ヶ月に渡って100%超となった。

一つの背景には、7月から始まったGOTOキャンペーンの直接・間接の効果が指摘できるだろう(ここでの間接効果は、キャンペーンの使用に関わらず政策がもたらす世間の雰囲気やバイアスなどを想定)。

また、2021年の年明けに発令された第二回目の緊急事態宣言は地域が限定されており、地方の水族館において第一回目の時に見られたような特定県(特定警戒都道府県など)からの利用はご遠慮ください、といったアナウンスもほとんど見られなかったが、それでも1月は全国平均で前々年対比29.2%と極端な減少となった。

こうした地域別の結果については通年での数値も記載するので参考にされたい。

地域 個別平均の前々年度比 絶対数の前々年度比
北海道 51.7% 46.4%
東海・北陸 71.6% 61.3%
関東(東京除く) 59.1% 53.2%
東京 44.8% 37.3%
東海 69.2% 53.1%
近畿 51.9% 39.4%
中国・四国 72.9% 60.8%
九州 49.9% 47.2%
沖縄 16.4%  16.2%

まとめ

これまで水族館業界における新型コロナウイルスによる影響は様々な形で指摘されてきたが、今回はおそらくこれまでで初めて具体的な実数を踏まえて影響の解像度を少し上げてご紹介した。

感染拡大の状況、並びに、それに伴う行政の対応、利用者の心理的な変化などを踏まえつつ、時期や地域による違いなどを反映すると、また違った見え方がしてきたのではないだろうか。

いずれにしても、影響の濃淡はあっても「影響がない水族館」があったわけではなく、その違いはあくまでも相対的なものである。

厳しい経営環境の中で、水族館としてはより多くの人の理解と協力を求め、水族館がこれからも必要と思う方々にはぜひ積極的な利用・寄付などを通じて応えて頂きたい(無論、お互いに感染対策などは徹底を)。

さらに深い論点まで見据えれば、水族館は今日的にどのような意義・役割があるのか、という問いを常に心がけることは必要であるが、その価値を前提に、水族館により活躍してもらうためには、水族館と利用者が共に支え合うような想いが、そして仕組みが不可欠である。

私自身も水族館研究者の端くれとして、こうした仕組みづくりはもちろんのこと、水族館という存在を考える際の視点を提供し、多様な意見が反映される場となるようこれからも水族館の健全な発展に貢献をしていきたい。

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