【研究】水族館における寄付に関する考察(クラウドファンディングの取り組み)




この記事は、筆者が2022年9月にまとめた「水族館におけるクラウドファンディングの取り組み報告書(一般非公開)」について、その要素のみ抜粋し、水族館と寄付との関係などを紹介することを目的としています。

報告書は主として実践事例のヒアリングを通じた水族館における「クラウドファンディング」の取り組みについて分析を行ったものですが、関連して、水族館における寄付の仕組みなどについて整理もしています。

こうした研究が、水族館におけるクラウドファンディングをはじめ寄付全般の取り組みのきっかけとなり、水族館と利用者の皆さんとの関係がより良いものとなることを祈念しています。

なお、この記事は当該報告書を単に抜粋した内容ではなく、一般に公開されることを前提に、一定の情報を付加しています。

導入:水族館における寄付

水族館においては、飼育・展示といった基本的な運営を継続し、研究、教育、保全などの社会的役割を発揮するため、入館料を中心として様々な収入の仕組みが模索されている。

欧米ではその一つとして寄付の仕組みが一般化しているが、日本では動物園において一定の展開が見られる一方で、水族館では寄付がほとんど収益確保の手段として活用されていない。

他方で、新型コロナウイルス感染症の影響により、水族館では大幅な収益の減少があったことなどから、複数の水族館でクラウドファンディングに取り組む事例が散見された。

日本のすべての水族館が閉まった日(コロナ禍と水族館経営)

2020年4月28日

クラウドファンディングの取り組み自体は水族館業界において決して初の試みでは無かったが、その規模や多発的な動きはこれまでに無いものであったことから、水族館の経営構造のあり方を研究する立場から、これを客観的に整理することは有意義と考え、一部の施設に多大なご協力を頂きヒアリングを行い、報告書としてまとめることとした。

1:水族館における寄付の多様性(クラウドファンディングの意義)

具体的な実践事例の前に、水族館において寄付として提供されうる対象物の分類や、寄付手法について類型化し、その中でのクラウドファンディングの位置付けなどについて整理を行った。

そもそも寄付とは一般的に「金銭」が想定されやすいが、amazonの「欲しいものリスト」のように物品を現物供与することも少なくない。役務の提供としてのボランティアや、金融商品など、寄付の提供物には多様な選択肢がある(それぞれにリスクがあり、寄付者側の事情なども異なる)。

提供物が多様であることは、メンバーシップ型や広告的手法、恒常的な受け皿など、の寄付手法の多様化とも密接な関係にあり、受け手と出し手の双方にとっての利便性に配慮することが必要となる。

水族館における寄付の形態は、主に何を、何に、いつ、誰が、といった視点で分類することができ、寄付を効果的・効率的に実施するためには、これらを水族館の内外環境に応じて的確に設計することがポイントとなる。

この点、コロナ禍での水族館でのクラウドファンディングの多くは「エサ代」を目的にしており、実践事例からは一定のやむを得ない事情も垣間見えたが、本来的にはエサ代(=飼育)そのものではなく、それを通じて果たすべき役割に焦点を置いた寄付目的の設定・寄付者の参画が行われることが望ましいと言える。

日本では、寄付の「文化」が無い、といった考え方が浸透しているが、寄付の実現は文化の有無によって決まるわけではなく、経営的な戦略、組織体制、経営資源の分配などを以って意識的に実現するものであるが、このことは水族館に限らず、動物園や博物館などあらゆる組織においても共通の課題が指摘できうる。

2:各施設の実践事例

前述の寄付の多様性を前提に、実際にクラウドファンディングに取り組んだ施設を対象に行ったヒアリングの結果をまとめている。

個々の施設や実践内容は報告書限りでの非公開であるが、ヒアリングの中では、取り組みの経過や目的設定・意思決定のプロセスをはじめ、実施にあたっての体制などに着目し、それぞれの特徴や課題を明らかにした。

とりわけ、クラウドファンディングの資金的な効果を施設ごとの規模の違いなども踏まえて細分化した他、資金面以外での効果も見出すことができる。

3:総括(コミュニケーション手法の見直し)

水族館におけるクラウドファンディングは、当該施設の来館者数規模が潜在的な寄付者数と相関すると考えられる一方で、クラウドファンディングの性質上、寄付はリターンの設計に影響を受けやすく、寄付者数は選択できるプライスラインの大小にも依存する。

このため、水族館におけるクラウドファンディングの寄付総額は、来館者数の規模やプライスライン(寄付単価)のメニュー、実施期間中での情報発信の濃淡などの総合的な影響によってその規模が規定されることになる。

また、実践事例の考察を通じて、クラウドファンディングの実践について、以下のような点について類型化することができた。

  • 経過の類型:内的な寄付の検討の有無に関わらず環境変化が実践を後押しすることや、外部からの情報やノウハウを活用して実践の機会となる
  • 効果の類型:施設規模や寄付設計によって純粋に資金的効果への期待もできる一方で、組織的なモチベーションや多様な顧客との関係づくりなどにも効果を見出すことができる
  • 体制の類型:利害関係の大きい部署が主導することを基本に、ノウハウの引き出しや業務遂行に必要な人員を調整する方法にも施設の与件に応じた違いがある

寄付の目的設定については、水族館の社会的意義を発揮するために必要な機能と、顧客が水族館に対して求める機能とのギャップの問題もあり、分かりやすさを重視した展開をせざるを得ない状況もある。

しかしながら、イベンティブなクラウドファンディングを超えて、本格的な寄付の仕組みを志向するにあたっては、水族館におけるサービス設計全体を見直し、コミュニケーションの方法を変えていく必要がある。

全般的な実務的課題として、「見えないコスト」を把握した上で仕組みごとの実質的な収支を認識することが、持続的な取り組みとして多様な寄付を選択する際の視点になる。

また、クラウドファンディングはリターンの対価性が高い「購入」の性質を有する場合が多く、必ずしも寄付者側の利他的な動機を要しないことからも、顧客との継続的な関係に基づく恒常的な寄付の仕組みを構築するには、水族館による日常的な情報発信の量的・質的な整理が求められる。

とりわけ、寄付の実施前後における情報開示は、寄付を恒常的かつ主体的なものにする上で不可欠であるが、実践に当たっては多くの課題がある。

情報発信は水族館にとってのブランディングであり、社会から水族館が単なる「レジャー施設」の一つとして認識されている限り、十分な外部資金としての寄付を活用した社会的役割の発揮は困難である。

このため、寄付の仕組みを考えるということは水族館の「あり方」を考えることと同義であり、また、このことが、水族館と顧客との関係性を再定義し、水族館の存在意義を具体化する試金石となると考えられる。

厳しい経営環境の中で、寄付の仕組みづくりが水族館経営を持続可能にする手段の一つとなり、社会的役割の発揮を後押しすることに期待される。

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